関西寒蘭会第43回本花展優勝花(2013年度)
  • 総合優勝 力王 渋谷  博
  • 白花優勝 大雄 岩本 孝之
  • 紅花優勝 旭鳳 渋谷 博
  • 桃花優勝 桃神 立岩 信彦
  • 黄花優勝 三光 又川 金仁
  • 青々花優勝 銀風 宮崎 満
  • 更紗花優勝 福の神 圓尾  栄
  • 青花優勝 大吉 岩本 孝之
  • 文人作優勝 神曲 森江 潤二
  • チャボ花優勝 紀の川 渋谷  博
  • 柄物優勝 春光 渋谷  博
  • 交配種優勝 無銘 中西 昭彦

意外と知らない農薬の話
渡辺 交

 農薬は特に気にせず使っている人もいるかと思いますが、それぞれに特徴があり、それを頭に入れた上で使うとより効果的です。今回は語られることが少ない個々の農薬について解説してみました。農薬の種類によって粉だったり、液体だったりしますのでその解説から始めたいと思います。
○水和剤
 水に溶かして使う粉状の薬のことです。水に溶けずにダマとなって残る場合があるので、良くかき混ぜて使いましょう。展着剤を入れると葉になじみやすくなり、薬の効果が高まります。水をはじきやすい植物には展着剤を多めに入れます。
○乳剤
 石油のにおいがする淡褐色の透明な液体で、水に入れると乳白色になることから乳剤と呼ばれます。乳剤はそれ自体が展着剤の役割を果たすので、新たに展着剤を加える必要はありません。
○フロアブル
 元は水和剤なのですが、水に溶けやすいよう液状にしたものです。白いどろっとした液体なのが特徴です。長く保管していると液が分離しますので、良く振ってから使いましょう。
○粒剤、粉剤
 植物の根元に直接まいたり、土に混ぜて使う農薬です。このタイプの農薬は浸透移行性という性質を持ち、根から吸収されて植物の隅々まで行き渡るので奥に隠れた害虫にも効果があります。
次にランの栽培によく使われる殺虫剤を解説します。
 ○キンチョール
 園芸用と言うより家庭用殺虫剤の代表格です。有効成分はピレスロイド。除虫菊に含まれている殺虫成分で、蚊取り線香に含まれているのもこれです。きわめて速効性で殺虫力に優れ、しかも哺乳動物に対してほぼ無害という殺虫剤の優等生です。「虫コナーズ」のように吊すと虫がよってこないタイプの商品にもピレスロイドが使われています。
 キンチョールは手軽なのですが、スプレー式は噴射時に低温になるという特徴があります。これはスプレーの宿命なのですが、植物が凍傷を起こすレベルの低温なので、使う際は植物から離して噴霧しましょう。吊すタイプは棚場に吊しておくと防虫効果が期待できます。棚場に蚊が多くて困っている方にもオススメです。
○スプラサイド乳剤
 カイガラムシの農薬ではカルホスと並んでよく使われる農薬です。有効成分はDMTP(メチダチオン)という有機リン系殺虫剤で浸透性があり、チョウやガ、コナジラミ、カイガラムシ、アザミウマ、カメムシなど幅広い害虫に有効です。効果の持続時間は長めですが、カイガラムシに対しては幼虫期(五~六月と八~九月)に散布するのが最も効果的です。
劇物に指定されているので、購入には身分証明書と印鑑が必要です。500ml瓶しか販売されていないので、個人で使うには少々もてあましてしまいます。
○カルホス乳剤
 カイガラムシには前述のスプラサイドと同じくらいよく使われる農薬で、有機リン系に属します。有効成分はイソキサチオンで、チョウ・ガ、カイガラムシ、甲虫類など幅広い害虫に有効です。効果の持続時間は長めですが、浸透性が無いのでムラ無く散布する必要があります。カイガラムシ防除には幼虫期に散布するのが効果的です。土壌中では最終的に炭酸ガスに分解されるので土壌汚染を起こしません。温血動物では速やかに体外に排出されるので、人体への毒性は低レベルです。
これも劇物指定なので、購入には身分証明書と印鑑が必要です。カルホスは100ml瓶があります。
○スミチオン乳剤
 四十年以上前に開発され、今でも殺虫剤の定番として使われるロングセラーです。有効成分はMEP(フェニトロチオン)。幅広い害虫に有効で、しかも植物の中深くまで到達するので、植物中に潜り込んだ害虫にも有効です。
○オルトラン水和剤
 野菜の農薬として広く使われています。浸透性のため、内部に侵入した害虫にも効果があり、長い時間効果を発揮します。成分名はアセフェートで有機リン系に属します。水和剤と粒剤が販売されていて、粒剤は寒蘭のハモグリバエ予防に有効です。五号鉢一鉢あたり2gを用土表面にまきます。
○マシン油乳剤
 名前のとおり機械油で、希釈倍率が百倍と濃いのが特徴です。気門を塞いで虫を窒息死させるためあらゆる昆虫に効果があるですが、植物の気孔も塞いでしまうため休眠期に散布するのが鉄則です。ホームセンターで売っているカイガラムシ用のスプレーはこれが主成分です。
○コテツフロアブル
 成分はクロルフェナピルで、劇物に指定されています。ダニに対し非常に高い効果を発揮しますが、難点は価格が高いことと劇物指定であることです。100mlの小瓶でも二千円以上します。ハダニに悩まされている場合は置き場が乾燥しすぎている証拠ですので、これに頼るよりも環境を改善した方が良いでしょう。サビダニに対しては現時点で最も効果の高い薬です。
殺菌剤
○ダコニール1000
 三十年以上前に開発され広く使われているにもかかわらず、未だに耐性菌が出ていない殺菌剤のエースです。有効成分はTPN(クロロタロニル)で効果は長期間持続し、薬害もほとんどありません。株分けの傷口に原液を塗ることもあります。耐性菌が出ないことから連続して使っても大丈夫ですが、予防剤なので病気の治療効果はありません。
○ベンレート水和剤
 灰色カビの特効薬として広く使われましたが、耐性菌が出現しかつてほど効果はなくなりました。有効成分はベノミルで幅広い菌に有効、かつ浸透効果もあることから治療効果もあります。他の薬剤と混合したものもあり、チウラムを混ぜた「ベンレートT」、ダコニールと混ぜた「ダコレート」などがあります。
○トップジンM水和剤
 ベンレートと並び、よく使われる殺菌剤です。有効成分はチオファネートメチルで、ベンレートと同じく幅広い菌に有効、浸透効果があり治療剤として使われます。実はベノミルとチオファネートメチルは兄弟みたいなもので、どちらも植物体内でカルベンダゾールという物質に変化し、これが殺菌作用の正体であることが明らかにされています。したがって、ベンレートが効かなかったからトップジンMを使う、というのは全く意味の無いことになります。
○銅水和剤
 銅はそれ自体が殺菌力を持つ上に、植物の組織を丈夫にする作用があり、一石二鳥の効果があります。細菌病とカビの両方に効果があるのも特徴です。銅水和剤には無機銅と有機銅の二タイプが存在し、両方ともカビと細菌に効くのですが、無機銅は細菌病の方に強く、有機銅はカビの方に強いという特徴があります。植物の病気の九割がカビによるものと言われていますが、近年は細菌による病気も無視できなくなりました。カビと細菌の両方に効く銅水和剤は今の状況にうってつけの存在です。
しかし、銅水和剤は薬害が強いという弱点を抱えています。効き目は無機銅が強く、有機銅はやや劣りますが、薬害の強さも同じ順になります。私はサンボルドー水和剤(無機銅タイプ)を六月に五百倍希釈で散布したところ薬害が発生しました。春蘭では古木の葉が落葉し、セッコクでは新葉が茶色く枯れました。銅水和剤の薬害防止には炭酸カルシウムの添加が効果的なのですが、ランは葉が厚いから入れなくても大丈夫だろうと高をくくっていたのが失敗の元でした。ランには安全性が確認されているキノンドー(有機銅タイプ)をお薦めします。
農薬に使う水について
 農薬散布に使う水は水道水を使うと思いますが、水がアルカリ性だと農薬の効果が弱くなります。水道水のpHの基準は五.八~八.六と定められていますが、八を越えるのはかなり高い部類で、植物の生育に影響が出ることもあります(ランは弱酸性を好みます)。水道水のpHの平均は七.五で、弱アルカリ性となっています。薬が効かないのは害虫が強くなっているだけではなく、水がアルカリ性だからという可能性も頭に入れておいてください。

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蘭は人より強い―寒蘭栽培あれこれ―
岩本孝之

 十数年前、様子のおかしい寒蘭一株を背戸の竹藪に鉢ごと放置していた。六月に筍を採りに入ったところ、なんとそれが大株になっていた。鉢の中はカラカラに近く根はよくなかったが、生きている根もそこそこあった。水やりは無論一度もしていない。よくこれで生きてきたものだと思った。竹がまばらで陽が射し雨が落ちていたせいだろうか。根を掃除し傷んだ葉を除くと、立派な六本立ちになった(写真)。紀州の紅花永田姫である。新しい鉢に植え替えたら、新芽が二本出てきた。蘭は強いものだと改めて感心した。
 蘭栽培を始めた頃、色々な本を読み、先輩の話を聞いて真似をした。土は何、鉢はどれ、水やりは何日に一回とか、肥料に消毒に活性剤…とあれこれと変えた。そして長いこと失敗を続けた。
 人の話は参考になるが、それはあくまで参考であって、中途半端に真似をしては失敗する。業者の宣伝は土でも肥料でも活性剤でもどんな薬でも、宣伝過剰である。自分の棚の栽培はあくまでその環境を把握し、蘭を観察して進めなければならない。
 この頃思うのは、蘭を枯らすのは人がいじくりすぎるからだということだ。人が蘭のためにと思っていても、当の蘭の方ではよけいなお世話、おせっかい、あるいは「いじめ」ということになる。寒蘭は元々日本の山に自生しているものである。蘭でもうけようなどと思わないかぎり、加温は不要である。加温して芽を出させた蘭はよその棚へ行くと、たいてい機嫌を損ねてしまう。季節のリズムが狂ってしだいに作落ちし、枯れてしまうこともある。我が家の温室は冬期はマイナス三度、夏期は三十五度になるが、蘭は全く平気である。人間より強い。私は毎朝起きたらまず温室に行き、エスプレッソコーヒーを飲む。人が起き出さない頃に蘭と向き合うのが至福の時間である。冬は震えながらも一時間ほどいるというのは、酔狂そのものである。
 以前は一鉢ごとに水やりを記録したり、最高最低温度計で測ったり、遮光のためのルックス計を使ったりしていた。今は陽は多めに採り、水やりは少し辛い目、肥料は置肥を年に二、三度置く程度である。あとは消毒を一回、殺虫剤を二回程度噴霧する。土は業者の混合土の中粒を少々、小粒を多目に使う。活性剤は基本的に使わない。
 以前は遮光し過ぎて徒長が過ぎたり、新芽が出にくくなっていた。今は古葉は焼けるが新芽の出がよい。花付きもよい。細かなことに煩わされなくなった。寒蘭は元々丈夫で病気にも強い。ハモグリバエなど、ときどきの害虫対策をすれば、人並みの蘭作はできると思っている。過剰な世話をしないこと。蘭を育てようとせず、蘭が育つのを手助けすること。育つのは蘭なのだから。
 参考になるかどうかはわからないが、この頃の経験から感じたことを綴ってみた。

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ちょっといい花見つけた
圓尾 榮

< 平成十五年七月の総会において、会員有志で土佐愛蘭会と阿波愛蘭会の展示会を見学することが決まった。
見学当日、有志一同がレンタカーで一路、四国へと向かった。
最初に土佐愛蘭会の展示会を観てから阿波展へと回ったのである。
 阿波展の優勝花は「赤龍」であった。赤龍は徳島県宍喰町小谷で採取された紅花である。
皆が口々に良い花だ!と話し合っていたが、私は、花が4輪だったので、もう2輪程あればと思ってもみたが、よく観ると花間がありバランスが良いので4輪咲きでも十分在感があると実感し、欲しい蘭だと思っていた。
 その日は阿波で一泊、その夜は阿波愛蘭会の会員と合同親睦会をすることになり、深夜まで蘭談義に話しがはずんだことだった。
 翌日の帰路、赤龍の命名者である手島氏のお棚を拝見することになった。同氏は数多くの蘭を命名登録されておられ、地元では名の知れた方である。
お訪ねしたところ、花付4本立ちの赤龍があった。目先が利くN氏が早速に分譲を願った。一歩遅れて私も譲って欲しいとお願いしたが、篠数が少ないので無理だと言われたので、私が「関西寒蘭会に出展して、阿波には、こんな良い紅花があると宣伝するから、是非譲ってほしい」と懇願したところ、「わざわざ遠方から来られたのだから・・」と言われて、前2篠をN氏に、後2篠を私が譲ってもらったのである。
 赤龍を棚入れしてから十余年が経ち、株も8篠程に増え、やっと花が咲き始めたが、花が小さく花間も詰まり、出展できるような花が咲いてくれません。N氏に聞くと同じ様子であり、中々気難しい蘭であることが分かった。
 ここ数年の間、新芽が出ても細くて作上がりしない状態が続いていたので、今年は思い切って4篠2鉢に株分けして、作場を別の箇所に置いて育ててみたいと思っている。
 良い花を咲かせるには、まず上作に仕上げることが、一番である。皆さんにお見せするにはまだ数年かかりそうだが、蘭は辛抱草!辛抱と忍耐の精神で、やがて立派な花を咲かせ、早く手島氏に報告し恩返ししたいと思っている。

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佐治谷ばなし(六)
中西 昭彦

 地球の温暖化が進む中、今年の気候は又格別なようで、春先から初夏にかけて雨が少なく、大好きなヤマメ釣りに行きたくても川の水が少なく干上がったような状態で、去年の半分も出かけられませんでした。海の様子も変なようで、瀬戸内のメバルが昨年から急に食いが極端に悪くなった、何時もの様に釣竿を出しても一向に食ってこない、海の中で何か異変が起こっているのではないかと、メバル釣りの仲間が嘆いているところです。
 我が寒蘭も気候変動のせいではないのかも知れませんが、今年の芽出しが極端に悪く、約25%に当たる20鉢余りに新芽が出ませんでした。これまではせいぜい1~2鉢程度に過ぎなかったのに!、特別管理が悪かった訳でもないのに、と不思議でなりません。せめて花は良い物を咲かせたいものです。
 そんな訳で佐治谷に出かけることも少なかったのですが、佐治谷ばなしはまだ沢山あります。今回はその中から四話紹介しましょう。

  はまぐり
 あのなあ、むかし、むかしになあ
 この佐治からずっと遠く、海辺に近い里の人が、親戚に用事があってこの山奥へやって来ました。そして、お土産にめずらしい物を持ってきました。それは、沢山の“はまぐり”でした。そこでその家では
 「こりゃあまあ、珍しい物んをようけえもらっただが、みんなげえにも裾分けをして、ちいとずつでも、わけにゃいけんがよう」
 と、隣近所にはまぐりを配りました。その翌日、村の人達が集まって話しています。
 「なんと、きんのう、隣から貰って食ったはまぐりちゅうむんは、とじくそもねえ、固えむんだったなあいや」
 ひとりがいうと、別の人が
 「うらげえは、はらわたぁ取って捨てて、よう煮て、食ってみたけえど、かたあて、固あてからに、たったの三つ食うのがやっとこさだったわいや」
 口々に、賑やかにはまぐりの話しでひとしきり弾みました。どの人も、はまぐりのはらわた(身)を取って捨てて、固い固い殻を一生懸命に食べたようです。
  スイカ知らず
 むかし、むかしのある時、
 この佐治の谷の村の若い者が、おやじに頼まれて町に買い物に出かけました。そして、市場に行き、八百屋の前に立ってあれこれ眺めていました。
 すると、八百屋のおかみさんが大きな西瓜を持ち出してきて若者に見せ、一つ買わないか、と、しきりに勧めます。若者は、あまり女将さんがうるさく勧めるので、仕方なく西瓜を買うことにしました。重たい西瓜を背中に背負い、若者はおやじに頼まれた品物を買い、それから佐治まで戻ってきました。
 さて、若者は親父に頼まれた品物を袋から出して、最後に大きな西瓜を出しました。このあたりには、まだ西瓜が出回ってきていなかった時代のことで、おやじはそれを見て、びっくりして怖がりました。
 「こりゃあ、いつだあ、聞いた事が或る魔物の卵じゃあねえだらあかいや」そして、村の者たちを呼んで来て見せました。村のものもみな、
 「こりゃあ、きっと魔物の卵にちげえねえ」といい、こんな物が村の中にあると、たたりが起こる、と心配しだしました。そこで、とにかくこれを早く始末しようということになりました。 さてそこで、村一番の力持ちの若者が引き受けました。
 「ようし、うらが、しごうしたるけえ、まかせとけえっちゃ」といいながら、頭に鉢巻を締め込んで、唐鍬(とうぐわ)という大きな鍬を振り上げて、西瓜をぶち割りました。すると、西瓜は真っ二つに割れました。中は真っ赤に熟れていました。これを見て、みんなはまた驚きました。
 「そりゃあ、見い、やっぱり、こりゃあ魔物の卵だ。赤い血を流して死んだがなあいや」と口々にいい、すっかり安心して喜び合ったということです。
 皆で、よく熟れた西瓜を食べれば良かったのに、もったいない事をしたものです。
  傘をさす
 あのうぉー、むかし。
 佐治の或る村に若い男がいました。この男は律義者で、皆からとても可愛がられていました。
 ある年の夏の事でした。奥の村にいる伯母を訪ねて行ったところが、伯母はひさしぶりだと言って、男をひきとめてもてなし、いろいろとよもやま話をして聞かせました。伯母は、男がそろそろ年頃なので、「嫁さんをもらわにゃあならんだ」といい、「なんでも、人のいうことをよう聞いて、素直にするだ。そげえして、みんなに好かれにゃあいけんだぜ」と、教えました。
 やがて夕方になり、男が帰ろうとすると、にわかに雨がぽろり、ぽろり、と降り出した。
 「ありゃあ、おばさん、雨が降りでえたわいや。もう帰なにゃあいけんだし困ったなあ」といいますと、伯母は「そうかいや、どうせ夕立だけえなあいや、さあでにやむけえど、待ちょうりゃあ、遅うなるけえな。ここにあるけえ、この傘あ、せえて帰ぬるがいいわいや」そういって、男に、から傘を持たせました。
 さあ、男はから傘は見たことがなかったのです。から傘というのは、割り竹の骨に紙を張って油を引いたもので、今の雨傘と同じ形をしています。男は、ふだんは板傘ばかりかぶっているので、「おばさん、そんならそげえする。傘あ、せえて帰ぬるけえ」といって、なにしろ、から傘のさし方もよくわからないので、から傘を腰に差して、雨の中を頭からずぶ濡れになって走って帰りました。たしかに、傘をさすにはさしたのですが・・・。
 傘のさしかたを、伯母さんに聞けばよかったのに、雨にずぶ濡れになってしまった、というはなしです。
  日本は広い
 むかし、むかしのある時になあいや。
 この佐治の村のおやじが、子供をつれて鳥取の町にでかけました。おやじは、着物に、もんぺにわらじ履きで、ケットという上着を着ていました。そして、子供とともに、山を越え、町の高台の方から下を眺めながら里へ下りて行きました。さあ、見えるのは田んぼばかりです。目が届かないくらい広々と田んぼがひろがっています。見たことも無い風景に、子供が急に立ち止まり、じいっと考えていました。そしてこう言いました。
 「まあ、見ねえ、お父う、こりゃあ、ぼっこうもねえ、広えところだが、ここいらが日本ちゅうとこじゃあねえだらあかなあ?」
 それを聞いていた親父はあわてて、「おまえは、まあ、なんちゅうことをいうだあいや。日本の国っちゃあな、まんだ、これの倍だまあ、あるやあな。もっと、広れえところだちゅうわいや。そげえなことをいうちゅうと人がわらうぜ」と教えました。

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関西寒蘭会会誌編集部